にんげんきらい



「眠れない、と?」

あなたの寮の子です、とマダム・ポンプリーに連れられて来た生徒。

は大人しそうな顔に、日本人だが大半の予想を裏切って(もちろんいい意味で。)明るい性格をしていると記憶している。性格か気質か、生真面目な面で同級生からも頼りにされている彼女には授業中の真面目な顔と、笑顔の印象しかない。要するに頼りがいのある、万人に好かれるタイプだ。

「ええ、睡眠薬が欲しいと言って。様子を聞くと長期的なものなようですし、あまり薬に依存するのもどうかと思いまして。まずは寮監と話し合って、それから処置を決めましょう。」

はい、と小さく答える

はどこか虚ろだ。そういえば授業中にもこんな顔をしていた時があった。寝不足が原因か、と小さく納得。

「ではセブルス、頼みましたよ。」

「は、」

二の句も告げないままマダムは部屋から出ていってしまった。どうやらあとは我輩に丸投げらしい。それは職務放棄ではないのか、結局マダムからの具体的な処方はなしか。我輩に生徒の悩みを聞き、かつ正しい処置をすることを求めるのか?(この我輩に!)

「教授、」

我輩までも職務放棄を施行する訳にもいかない、ここは我慢ださっさと薬を渡して終わらせようと目線だけを下げる。なぜだ、彼女の目は死んだ魚と化している。いくら寝不足だからといって、言ってはなんだがひどい顔だ。あの聡明な彼女はどこにそんな顔を隠していたのか。

「最近、眠れていないと?」

「・・・はい。」

我輩の低い声で怯えたというよりは、自分の事実を認識して少し落ち込んだようにみえる。自分を管理できないことに悲しむ、いらだつ。まだまだ子供だ。

「何故。悩みでもあるのかね。期間は?少しも眠れないのか。」

「・・・ここ1週間ほど。たまにこういうことはあって。」

「悩みか。」

「教授が、カウンセリング・・・」

「黙りたまえ。」

ごめんなさい、と素直に謝って(この素直さが彼女とその民族の美徳だ)我輩の射る視線に諦めたのか、ぼそぼそと喋り始めた。

日本では、畳に川の字で寝るんです、と。

何も言えなくなった我輩の代わりに(言いたいことは多々あったが、それを言うのはあまりにも馬鹿馬鹿しかった)、彼女の口からは濁流のように理由が流れ出す。

「要するに、一人じゃ寝れないのです。至極簡単な問題です。薬で治るものです。ご迷惑はおかけしません、薬下さい。」

「ミス、アー、まず・・・同室の、友人がいるのでは?」

「・・・教授、私は眠りたいんです。それなのに深夜まで続くガールズトークに付き合っても同じことではないですか。私は眠りたいのです。教授。 眠りを!欲しているのに!私の脳は言うことを聞いてくれない。寝たいと思うほど意識ははっきりとしていくし、みんなに遅れないために授業をしっかりと受けたいのにこの原因不明な寝不足のお陰で集中もしてられない!そのくせ神経は休まらないから居眠りもできない!周りも・・・」

「もういい。」

興奮で潤んだ視線を受け止めてやる。死んだ目はそのまま、興奮による虹彩の変化で発光している様に見える。寝不足の所為でいつもより感情的になっているのだろう。マシンガントークに危うく飲み込まれそうだった(むしろ飲み込まれた)。
周りに馴染む術を知る彼女は自分のためにそれを使うが、同時に気力を激しく消耗している。彼女は優しいが、繊細で、実は弱い。誰も傷つかない関係、寮生活、他人の目。気を張るほど、この年頃 の女生徒にとってここでの生活は厳しいものだろうか。何が彼女をそうさせるのか。
彼女の寝不足の原因は、周りへの過度の意識。バリアー。人間嫌い。

は、我輩と同族だ。
 


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